the end of the world/地の果てへ...
PHOTOSTORY ...LANDS END AND MORE...
CLIFDEN TO CONNEMARA IRELAND 1999 PHOTO+TEXT/gento.m.a.t
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西の都ゴ−ルウェイから、北のクリフデンに向かうル−トを通ると、辺りの景色は次第に荒涼としたものに変わってくる。
岩がごろごろと点在した草地がどこまでも続き、所々にクリ−ク(小川)や沼があり、木の生えていない山並みが続く。
これはどこかに似ているなと思っていたら、それは奥日光だった。
よく見ると、山は男体山に似ているし、川は湯川のようだ。
考えてみると、イギリス人が日光を好み、自分達のリゾ−トにしようとしたのはよく解る。それは彼らの故郷によく似ていたのだろう。
彼らが湯川にブラウントラウトをはなしたように、ここらの川にもマスがいるらしい。
確かに、地の果てに近づいてきたような気がするけれど、果たしてそれは奥日光なのか??
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バスは山々を通り抜けてクリフデンの街に入ってゆく。
クリフデンの街は、山岳リゾ−トの雰囲気をそなえていた。
それは、ロッキ−のリゾ−ト、ジャスパ−や、ピレネ−のポ−、あるいは、アルプスのシャモニ−などとも共通する、独特の空気感があった。
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特別キレイな街という訳ではないが、それはどこのリゾ−ト地でも同じ事で、民宿(B&B)やホテル、レストラン 、バ− 、みやげもの屋などがこぢんまりと並んでいる、それだけの街だ。
それでも、これらのリゾ−ト地には人をひきつける独特の空気感があって、それは、湿り気を帯びた涼しげな風のようなものだ。
それが肌にしみこんでゆくとき、旅人はリゾ−トを感じるのだと思う。
クリフデンは山岳リゾ−トのようだと書いたが、実は海沿いにある。
海沿いにありながら、周辺には高山植物が沢山咲いている。植生はあきらかに高山のそれだ。
僕は安宿を探して荷物をおろすと、街のス−パ−マ−ケットに立ち寄って、エヴィアンのボトルとネクタリン3個とクッキ−1袋を買ってバッグにしまい、レンタルバイク屋でMTBを借りて走り出す。
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2本だけのメインストリ−トを抜けて、坂道を登り出すと、まもなく道は二手に分かれる。
僕は海沿いのスカイロ−ドを進む。
道は細く、アップダウンを繰り返し、曲がりくねっている。路面は荒れており、全速力で駆け下るとかなり怖い、というか、かなり危ない。
視線の先には海が拡がっている。
海はひっそりと静かにたたずんでいる。
水平線の先の雲の合間から、ゆるやかな光が差し込んでいる。
心地の良い風を全身に受けながら、岬の先端や遠くの島々をながめる。
たどり着いた入り江には、コンブに似た海藻が入り江を埋め尽くすほど大量にしげっていた。
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岬を一周した僕は、国道に戻り、ウエストポート方面にむかうと、道は登りになってくる。
ひたすら登っていくと、道は二手に分かれ、その辺りから景色は次第に高山的なものに変わってくる。
人が手を加えてしまったが故に、元のように木が生えなくなってしまったのか、元々木が生えない森林限界の上なのかは解らないけれど、それは残酷なまでに美しいのだ。
しかし、荒涼とした霧ヶ峰という感もしないではない、うーむ、まだ地の果て感がうすいな。
僕はクリフデンの街に戻る。
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次の朝、窓をあけると空は真っ青だった。
アイルランドに来て、こんなにドピーカンに晴れるなどとは思いもしなかった(なんとなく、霧や雨のイメージが強い)のでオドロク。
今日は、海岸線を南に向かってラウンドストーン方面へ向かう。
途中までは快適な道のりだった。空は晴れ渡り、ビーチは美しく、風はここちよかった。
なんだか、地の果てというより、出来のよいリゾート地のようだった。
途中のビーチで白い砂浜と青い海を眺めながらのんびりと休んでいると、急に、左腕に激痛がはしった。
何事かと思って見てみると、黄色と黒のシマシマのハチが僕の腕につきささっていた。スズメ蜂じゃないよな、これは。でも足長蜂よりは大きいような...
とにかく、やばいハチでは無いことを祈りつつ、とりあえず毒を吸い出して、ひどくならないように応急処置をして、激痛に耐えながら、腫れ上がった左腕をおさえつつ旅は続くのであった。
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遮るものが何もないせいか、風が吹くとペダルを漕ぐのが辛い。
だんだん向かい風が強くなってきて、下り坂ですら止まりそうな勢いになって、全然前に進まない。
5キロ進むのに1時間もかかってしまった。時間がやばくなってきて、これはもう引き返さなければいけないかな、と思ってきた頃、ようやくラウンドストーンの街にたどり着いた。
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目に付いたバーでジャンボプロウン(手長えび、ラングスティーヌ)4.95ポンド(約850円)をたのむ。
店の中はフランス人の家族連れと、アメリカ人らしい老夫婦がいる。
フランス人のほうはドライカレーとポテトフライを頼んでいて、これはあまりうまそうでは無い。
一方、老夫婦が頼んでいたのはジャンボプロウンとムール貝のフリットで、こちらはやたらうまそうだ。皿からはみ出しそうな程大きな手長エビが4匹ものっている。
だけど、こちらの頼んだエビは全然でてこない。
となりの老人は メチャメチャうまいよ などと言いながら、全部食べおえてしまった。けれど、こちらのエビはいっこうに出てくる気配がない。
ようやくでてきたのは、注文してから1時間後だった。
時間がないので急いで食べる。とエビの殻で指を切ってしまった。うーんバカすぎる。
で、味はもうメチャメチャうまい。これがたったの850円とはイタリアやフランスでは考えられない安さである。
アイルランドの一般人は、魚介類の価値をよくわかってないのかもしれない。
こんなのがでてくるのなら、ずっとシーフードをたべていればよかった。などと思っていると、ふと、トフィノのことを思い出した。
そういえば、バンクーバーアイランドの西のはずれにあるトフィノと、ここラウンドストーンは、地理的によく似ている。街の規模も同じくらいだ。トフィノではエビやカニがやたらにうまかった。
そういえば味付けも一緒である。ガーリックバターソース。余計な味付けは必要ない、ただ焼いたりするのが一番うまいのだ。海辺の人は魚貝の食べ方を良く知っている、うれしくなる。
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バーで長く待たされていたせいで、時間が無くなってしまった。先を急ごう。
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この先何キロか行って、クリフデンまで20キロくらい戻るのだが、バスの出発時間まで後1時間20分しかない。果たして間に合うのだろうか??
分岐点から先は追い風になるはずなので、滅茶苦茶速いはずなのだが、そこまで行くのが大変だった。
先ほどにも増して強くなった風のせいで、分岐点に着く頃には残り1時間を切ってしまった。
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僕は、追い風に乗って走る。それはまさに、風に乗るというのがピッタリだった。
それまで、怖いくらい吹いていた風の音がピタリと止み、それまでの10倍くらいのスピードで、どこまでもまっすぐに続く道を全力で駆け抜けた。
僕は、アスファルトに映りこんだ雲の形と共に進み、景色はオドロクほどのスピードで去っていった。
そうしてどれほど進んだのだろう??
気がつくと、あたりの風景の感触が変わっていた。
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僕は自転車を漕ぐスピードを緩める。
そして、周りの空気の感触を確かめる。
僕は全身にそれを感じる、感じ続ける。
そこには確かに、今までとは全く別の空気感が存在していた。
それをどのように説明してよいのかは、わからない。けれど、それは今までとは別の何かなのだ。
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僕は、インディアンでも出てきそうなアパッチ砦のような岩山で、自転車を置いた。
他にも4台の自転車がその場所に止まっていたから、彼らもその場所に特別な何かを感じていたのだろう。
何しろ、それまでに自転車が止まっているところなど全く見たことが無かったのだから。
彼らも僕と同じように、その土地の魔法にかけられて立ち尽くしていた。
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それはまるで地の果てのようだった。
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見渡す限り、草と岩だけの不毛な土地が360度どこまでも永遠と続いていた。
そんな中でこの小高い岩の丘だけが、ちょっとしたオアシスのようだった。
僕の目の前では、黒い顔をした羊が黙々と草を食んでいる。
雲は驚くほどの勢いで西へ向かって流れ、瞬間、太陽が大地を照らし、再び、雲が太陽を覆い隠す。
僕は夢中でシャッターを切る。この風景の中にある何かを写し取りたくて...
しかし、おそらく何も写ってなどいないだろう。
なぜならその何かは、体験することしか出来ない何かなのではないかと思うのだ。
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そこには確かに何かが存在している。
その何かは自分自身の中の何かと共鳴している。
それがこの地の果てを創り出しているのではないか??
そしてそれは、突然やって来て去って行くのだ。
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僕は瞬間に理解する。ケルトの人々が巨大な巨石文化を築いた理由を、アメリカに渡った人々がインディアンと争ってまでして西部の土地を手にいれた理由を。
そう、そこには、この体験と同質のものがあったのだと。
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僕の意識は半分この土地の磁場に捕らえられ、浮かんでいる。
僕の身体は、皮膚はこの土地の空気と結びついている。
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僕は再び走りだす。どこかへ向かって。
どこへ...
何キロか僕は先へ進み、草地の中に人家が見えてくる頃、いつの間にか僕は地の果てから抜け出ていた。何事もなかったように...
でも間違いなく、そこには地の果てがあったのだ。
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クリフデンの街に着くと、バスの出発時刻はとっくに過ぎていた。
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