フランスワールドカップ予選と北沢、あるいは遅筋についての考察



エドガーダヴィッツという選手がいる。
言わずと知れたオランダ代表、ユヴェントスの中心選手で、世界的なスター選手だ。
彼の何がスゴイかと言えば、その圧倒的な運動量である。
TVでサッカーを見ていると、いつでもどこでもダヴィッツの、あの独特な姿が目に入る。それくらいの運動量である。

彼はディフェンスも出来るし、パスも出せるし、シュートも打てるが、精度がそれ程高い訳ではない。
彼がスゴイのはその圧倒的なスタミナと気合い、そしたスピードの持続力である。

日本にも北沢というわかりやすい選手がいる。
彼もダヴィッツと同じように運動量にものをいわせる選手で、素晴らしいミッドフィルダーだと思うのだけれど、世間での評判はあまり高くないようだ。
僕が思うには、日本がワールドカップに行けたのは、北沢の加入がもの凄く大きかったように感じられる。
北沢の運動量とスタミナと気合いが、日本のサッカーに組織性を創り出すキーポイントになっているように思えたのである。
事実、北澤の加入した韓国戦から日本は勝ちまくったし、北澤が抜け、日本代表が最終予選とほぼ同一のメンバーになってから、日本は一度も勝つことが出来なかった。
だから僕としては、フランス行きのメンバーからカズが外された以上に、北澤が外された事にビックリしたのだけれど、そういう風に言う人は誰も居なかったし、今もいないから不思議だ。


ではなぜ北澤は評価されないのだろうか?
原因は誰の目にも明かだ。
彼は下手なのである。
彼はよくシュートを打つが、そのほとんどは枠の外に飛んでいく。
ドリブルが上手い訳でもない、鋭いスルーパスを出すわけでもない。
けれど、TVを見ていてやけに下手くそな北澤の所にチャンスが廻ってきて、おい、またかよ、ふざけるな!!と思ったことはないだろうか?
それというのも、彼がそこにいるからなのである。

インターネット上に、サッカーおやじという、恐るべき物知りのおやじがいるのだけれど、その人の調査によると、アジア最終予選の試合で一番多くパスを受け、パスを出し、しかもミスする確率が少なかったのは、なんとあの下手くそのはずの北澤だったのである。
誰もが、えっ、なんで北澤?と思うだろう(実際僕もそう思った)
でもそれにはちゃんと理由がある。
当時の日本代表の中盤の選手には、中田英、名並、山口、等、先の先を読んでプレーをするテクニックに優れたタイプが多かった。
サッカーにおいて、視野が広かったり、先の先を読んでプレーをすることはとても重要なことであるのは間違いない。
しかし、このような処理をしている時に、敵のプレッシャーが速く、素早い情報処理を行わなければならない状況になってくると、色々考えてプレーするタイプの選手の方が、ミスをする確率が断然高くなる。
このことについて、ちょっと考えてみよう。

情報処理能力とスピードの関係
コンピューターを使っていると解るのだけれど、コンピューターは情報を詰め込めば詰め込むほど処理スピードが遅くなっていく。
特に、何かのファイルを開けたまま、別のファイルを開けると、メチャメチャ動きが遅くなってダウンしてしまった、なんてことはコンピューターを使っている人なら誰でも経験することである。
言葉の処理、文字の処理よりも、図形、画像の処理の方が情報量が圧倒的に多い。
このことは、人類が視覚からの情報に頼っていることから、人間の脳が巨大化したとする説から見てもわかる。

同じ処理能力を持ったコンピューターの場合、入ってくる情報量が少ない方が処理速度は速い。

人間でいえば、入ってくる情報の少ない人(あれこれ考えない人、あるいは情報として認識しない人)の方が、脳の処理能力が同じならば、処理スピードが速いということだ。
人間の脳の処理能力の基本部分、つまりコンピューターでいうところのCPUに当たる部分の能力自体は同じ人類であればそれ程変わらないだろう。
と、いうことは情報処理のスピードは、どれだけ情報を少なく、圧縮するかにかかっているといえる。

1998年Jリーグの得点王、中山雅史はこう言っている。
僕は吸収するのも早いんですが、吐き出すのも早いんです。
この言葉は本質をついているように思われる。
すなわち、ものごとを速く処理する為には、ものごとをすぐ忘れてしまう方が有利だということである。


現代サッカーでは中盤でのプレッシングが進み、速いスピードでの処理能力が問われるようになってきている。
速いスピードで処理する為には、入ってくる情報を少なくするか、そもそも情報処理能力の高い選手を使う以外にない。
つまり、あれこれ考えずにシンプルなダイレクトプレーをする北澤みたいな選手の方が速いスピードで処理が出来、ミスが少ないということだ。
北澤が一番パスを多く受け渡し、しかもミスが少なかったというのは、実はこのような理由だったのである。
うーむ、実に奥深いぞサッカー。


さて、北澤がパスミスが少ないのは解った。
しかし、やっぱり、彼はシュートとか下手だよね、それももの凄く練習してそうなのに、なんでだろう。
それは彼が遅筋の発達した選手だからだろう。

筋肉には2種類あって、速筋(白い筋肉、白身魚、鯛など)と遅筋(赤身魚、マグロなど)と呼ばれる。
速筋は、主に瞬発力やスピード、パワーを産み出す筋肉である。
例えばチーターは時速100キロメートルで走ることが可能だが、その走力は数十秒しかもたない。
これはチーターの生きる為の戦略が、その数十秒のスピードに賭けるものだからである。
だからチーターの身体の組織や筋肉や神経や生活パターンは、全てその戦略に合わせたものとなっている。
TVなどで彼等の生活を見ていると、彼等はほとんど一日中ぐうたら寝ていることがわかる。別に筋肉トレーニングや走り込みをしているわけではない。
けれど、彼等は速い。

いくらインパラやガゼールが逃げる練習を繰り返しても、ぐうたら寝ているチーターのスピードには絶対にかなわないのだ。
というのもチーターは速筋で出来ているからで、これはいくら持久系の走り込みをしても全く身に付かない、むしろ逆効果のもので、ほとんど生得的な種類の筋肉だからである。
(もちろん、速筋を鍛えるための筋トレ、スピードトレーニングはある。)
そして、サッカーにおいて、いわゆる 上手い!と呼ばれるプレー、すなわちシュートを打ったり、一瞬のスピードで相手ディフェンダーを交わすといったプレーのほとんど全ては速筋の行うプレーなのである。
だから遅筋のかたまりのような北澤が下手に見えるとしてもそれは当然のことなのだ。
ここでもう少しスピードと技術について深く考えてみよう。


スピードが速くなれば速くなる程、コントロールは難しい。

岡野や川口をみればわかる、彼等が一見して下手に見えるのは、彼等が他の選手よりも圧倒的に速いからである。
速くて上手い為には、きちんとした速筋で出来た身体が必要だし、神経の反応スピードも速くなくてはならない。
スピードが高まっているから、情報処理能力も大きくなくてはならないし、しかも、ちょっと触っただけでボールは大きく動いてしまうから、繊細さも要求されるし、ボディーバランスも優れてなければならない。

モータースポーツを例にして考えてみよう。
フォーミュラニッポン(F3000)のマシンとF1のマシンでは、鈴鹿サーキットを一周するのに約5秒の速度差しかないのだけれど、そのマシンに投入された金額というのは何十倍も違う。
それというのも、そこまでしないとその5秒の差は埋められないのである。
例えば、エンジンのパワーを増やしただけではマシンは速くはならない。
それを伝えるための仕組みがきちんと形成されていないと、そのマシンはコントロール出来ないし、どこかに負担がかかって壊れてしまったりする。
だから配線の一本、ネジの一本まで手が入れられて5秒速いマシンが出来上がるのだ。
人間の場合も同じで、そのような仕組みを全て併せ持った、速くて上手い選手は滅多にいないのでである。
実際のところ、その速くて上手いを本当に高いレヴェルで実現できているのはロナウドただ一人なのではないか?だから彼には何十億の値段がつくのである。

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