ケルトの巨石文化が見てみたいと思った。
フランスの西岸ブルターニュ地方の外れ、カルナックに巨石群があると聞いて僕は旅立った。
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ブルターニュの中心都市であるレンヌから国鉄でオーレイという田舎町まで行き、そこからバスでカルナックまで行く。
念のため、バスの運転手にカルナックまで行きたいのだけど、着いたら教えてくれと頼んだ。
これが仇となろうとは、この時はまだ気付かない。
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バスは40分ほどでカルナックに着く。
運転手がカルナックというので、僕はバスを降りた。
目の前にはツーリストオフィスがある。
丁度いい、地図を貰っていこうと考えたのだが、あいにくツーリストオフィスは閉まっていた。
仕方がない、なにしろ今はシーズンオフの2月なのだ。
詳しい地図はあきらめて、ガイドブックの申し訳程度の地図を頼りに巨石を探すことにする。
ここがツーリストオフィスなのだから、方角はどっちだ??少し歩いて、方角が全くわからないことに気付く。
あるべきはずの道が全く無い!!
何でだ??
この付近の道はどれもガイドブックに出ている道とは違っている。
何でだ??
ツーリストオフィスが2つあるのか??
まさか、こんな小さな田舎町にツーリストオフィスが2つもあるなどとは考えられない。
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それにしても、辺りには人影も全くない。
レストランやショップはどこも閉まっているし、これじゃまるでゴーストタウンだ。
手掛かりの無いまま辺りを彷徨い続け、やがて2時間が経った。
すると、先の方に教会の尖塔が見えた。
教会があるところが即ち街の中心だということは既に学習していたので、とりあえず教会に向かって進むことにする。
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やがて人の気配がしてきた。
街の中心街に出たのだ。
ふと見るとバス亭がある。カルナックヴィーユ。
なんとツーリストオフィスもあるではないか??
では、さっきのカルナックは何だったのだ??
間もなくその謎は解けることになる。
カルナックは海辺のリゾート地だったのだ。
だから、夏の間はさっきのカルナックが賑わいを見せ、ツーリストオフィスすらあったのだった。
今は冬だからゴーストタウンだったのか!!
こっちが本物のカルナックの街なのだった。
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ようやく、本当に巨石を探すことにする。
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草原の中に続く砂利道は、束の間の陽の光を受けて白く輝いていた。
辺りには行き交う人も車も無い。
右手に見える低い柵の中には十数頭の羊の群がこちらを見つめていた。
群の中の一番大きな羊は群の中のボスらしく、一点の曇りもないヒトミをこちらに向けたまま動こうとしなかった。
やがて他の羊たちは元のように草を食みはじめた。
けれど、ボス羊は視線を僕からけっして離そうとはしなかった。
試しに一歩群れに近づいてみると、ボス羊は前足で軽く地面をこするシグサをした。
威嚇しているのだ。
僕が群れに近づいた瞬間、他の羊達はこちらを向いたが、直ぐにまた草を食み始めた。
このボス羊の前で安心しているらしかった。
時間は限りなくゆっくりと流れているように思えた。
羊とのにらめっこに飽きた僕は道を先に進み始めた。
羊はゆっくり僕と平行に歩み始め、僕は背中に羊の視線を感じ続けていた。
けれど、しばらくすると羊は元の群れに帰っていった。
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巨石へ向かう道は、それが道と呼べるのか曖昧な程の、人の足跡がついている程度の小道だった。
冬のブルターニュの草原は、背の低い草が生えているだけで、足跡(トレイル)との区別はとても曖昧だ。
何分か進むうちに、低い灌木の先にその巨石の姿が見え始めた。
その大きさは、思ったよりも小さかったが、小さすぎるということは無く、そのパワーを伝え得るだけの充分な大きさを持ち合わせていた。
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石は、冬の僅かに感じられる程度の弱い光を受けて白く輝いていた。
僕は手をそっと差し伸べて、石の上に手を置いた。
石の表面はとてもヒンヤリとしていた。
僕はしばらくそのままにして目を閉じた。
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かすかな風が僕のまわりを吹き抜けた。
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目を開けると、深い雲の合間から陽の光が草原を照らしていた。
草原は風でなびいていた。
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突然、雨が巨石の上にシミをつくった。
雨は、僕のマウンテンパーカの上にポツポツと音をたてて弾けた。
石は色を変えていった。
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雨は本格的に降りつつあった。
僕はマウンテンパーカのフードを頭からかぶり、ジッパーを上まで閉め、巨石を後にした。
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元来た道を戻ると、羊達はもう遠くの方に行ってしまい、僕のことを気にもとめていない様子だった。
僕は歩き続けた。
やがて、小高い丘のような場所にやって来た。
いつの間にか雨はあがり、束の間の冬の陽差しが、丘の上の草原を照らしていた。
僕はフードを脱いで、雨の匂いを嗅いだ。
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