アンリマティス  Le Dence



マティスの絵のディテールは簡潔だ。
色の数も多くを使わず、微妙な色使いもない。
それはある種の情念、感情、怒りや悲しみといったものを取り払ったところから成り立ったフォルムであるように思える。
だからマティスの絵を見ていて疲れるということはあまりないし、装飾的だから部屋のインテリアにも最適だ。
カラフルでポップ、だけどシックな絵、リズミカルな色の競演、そう思ってきた。
しかし、マティスの最高傑作の一つといわれる、Le Dence を見たとき、彼に対する印象は変わった。


Le Dence の中には全てが含まれている。
動き、溢れるエネルギー、生命力といったものが...
あらゆる要素を剥ぎ取っていって最後に抽出されたフォルム(形)と色は、それ自体がとてつもないエネルギーを持っているということだ。

この絵の本当の凄さは印刷物等を見ても全くわからないと思う。
それはあの巨大な絵の前に立って初めて可能になる。
人が踊っている、そのシルエットが画面を構成している。ただそれだけの絵だ。
そこにはフェルメールやレンブラントのような微妙な空気感もないし、ルーベンスやピカソのように圧倒的な筋肉表現もない、全くシンプルな形だ。
にも関わらず、その絵は圧倒的な存在感とエネルギーを持っている。
それはなぜか?


それは、その形と色がダイレクトに自分の身体と反応しているからだ。
丁度、良質のコンテンポラリーアートダンスを見ている時のように、踊るダンサーの動きは自分の筋肉をダイレクトに刺激するのである。
一流のダンサーの動きをダイレクトに受けると、しばらくの間自分の身体がうそのように動くことがある。
サイエンティスト、ルパートシェルドレイクは自著の中で、そのことを運動場仮説として説明しているが、その仮説の真偽はともかくとして、現実に自分の身体はそのような反応を示している。
その反応を、あの単純なフォルムと色にまでそぎ落として表現出来たマティスという人は、やはり20世紀芸術の最高の到達点の一つだったと言っていいのではないだろうかと僕は思うのだ。

マティスのLe Denceは、パリの市立近代美術館で見ることができます。

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