DESIGN FOR "NOT WAR" 戦争をしないことのデザイン


これは反戦運動ではない。
どうやって戦争することなく闘えるのか?のデザインである。



なぜ戦争は起きるのだろう??
色々理由はあるだろうけど、最もはっきり言えることは、「戦争したい人達がいるから」ということになると思う。

だから、戦争をしないために一番必要なことは、「戦争をしたい人達」に戦争以外の方法で闘ってもらうことである。
このことが解っていない反戦の人達は必ず失敗すると思う。



恐らく、暴力や闘うことは、人間が本質的、本能的に持っているものだ。
なぜなら、僕等は「生き物を殺すことによって生存している」からだ。

だから、僕は間違っても「殺すな」などと言うことは出来ないと思う。
我々は「殺している」のだから。
もし、そのことが解らないのだとしたら、その人達は、残念ながら「想像力が足りない」と思う。




僕は昔、「人はなぜ人を殺してはいけないのか?」という誰からも嫌われそうな問いを永遠と考え続けていた。友人や知人とも話し込んだ。

ヒューマニストの人達は言う。「人は人を殺してはいけない、それはあたりまえのことだ」と
でも、何で人は人を殺してはいけないのだろう?
僕は「あたりまえのこと」が、なんで「あたりまえ」なのか?とても知りたいと思う。

例えば、こう考えてみる。
動物なら殺しても良いのか?
動物と人間の違いって何だ??もしも、人間と動物との間のどちらともつかない生き物が存在したらどうなるのだetc(嫌な奴でしょう!?笑)

話しが長くなるので、その議論全てをここに載せるのは、今回は差し控えますが...いずれまた書く機会があるかと思います。

実は、僕は子供の頃(幼稚園くらいの時)ものすごく悩んだことがある。
ある時、それは例えば僕が夕食で大好きなポークソテーを食べている時だ。
食べているその豚は「生き物」なんだということに気付いたのである。

これは、やはり子供にとって、人間にとって、他に無いくらいのショックな出来事で、僕はそれを知って激しく泣いた。
その豚にはきっと家族や友人だっていたのに違いないことが、子供心に想像出来たからである。

それが判った時に、僕は人間の根元的な悪を知ったのだと思う。

今、僕は菜食主義者では無いし、ちゃんと美味しく肉を食べている。
お坊さんになったりもしていない(笑)

でも、僕等が食べるために生き物を殺しているという事実を忘れたことは無いし、それはきわめて本質的な問いで、僕はこのことから目をそらすことは絶対に出来ない。
「僕等は生き物を殺すことではじめて生きてゆくことが出来る」のだ。


恐らく、「人は人を殺してはいけない」理由は何もない。

(こういう発言をすると世間から非難がごうごうと押し寄せそうだけれど...ちなみに、共食いは禁止される然るべき理由が存在すると思う。そういうまともな理由を無視すると狂牛病のような悲劇が起きる)



僕が「人殺し」に反対するのは、「人は人を殺してはいけない」からでは無くって、それが「自分が生存するためにどうしても必要だから殺しているわけでは無い」からなのだ。

「自分が生存するためにどうしても必要な殺しと」いうのは「仕方がない」ものだと思う。

それが許されないならば、僕等は「死ぬしかない」



でも、僕が腹が立つのは、戦争や殺人、死刑など、ほとんどの場合に、「自分が生存するためにどうしても必要だから殺しているわけではない」にも関わらず殺しているからである。
僕等誰でも人間は、人を裁けるほどえらくは無いのではないか??
それなのに自分の方が正しいと思いこんでないか??

この議論は「人間」にとどまるものではない。だから僕はヒューマニストでは無い。


こういう本質的な議論を経ていない、反戦や正義や戦争主義者や人を裁けると思っている人達の意見は不毛だと思う。

何の根拠もなく「人間は動物よりも上の存在だ」と思う人間の傲慢さの現れだとさえ思う。





一通り議論が済んだところで(反論のある方はどうぞ反論して下さい)、では、どうやって戦争をしないデザインが可能なのか?ということを考えていきたい。







例えば、自分の赤ん坊を助けようとして悪漢と格闘したあげくに、この悪漢を殺してしまった人がいたとする。
この人は英雄だろうか?

僕がもしもこの男だったとしたら、間違いなく悪漢と闘うだろうとは思う。
でも、本当の英雄は、この男を悪漢にさせなかった人達のことを言うのだと思う。
真のヒーローは、いつの時代も全く目立たないものなのだ。
なぜなら、彼(彼女)のまわりは平和だからである。

なぜかその人の周りでは争いごとがあまり無くって、楽しく生きていける、そんな人ってなぜか存在していて、その人は別段英雄と言われるでもなく、カリスマでもなく、ただなんとなく「いい関係」を築いていける人で、そういう「良い関係」を作ることが「平和のデザイン」なのではないだろうか??


だから、無名なデザイナー達による平和のデザインが必要なのだと思う。

そんなわけで、平和のデザインしてみませんか??

続く

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